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三国文化の集発祥地、南充
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清泉寺
寺内の碑によると、この寺は、北宋時代祥符2年(1009年)「清泉院」として建てられ、元代に失火し、その被害は大きかった。明代万歴13年(1585年)に有志で資金を出し合い寺院と階段を修複し、観光しやすくなった。文化大革命時にはいくつかの建物は壊されたが、1994年12月15日、重要な仏教寺院として南充市人民政府から文物保護部門に指定された。

南充市順慶区舞鳳村嘉陵江西岸清泉山上
碑院大仏
 碑院大仏は南部県碑院村寓跡山にあり、又の名を寓跡山摩崖造像と呼ばれ、併せて南部大仏、碑院大仏は北宋の建造物といわれている。仏像は山の中腹にあり、高さは17.52mあり、迦牟尼像なのでまるで静かに説教をしているようである。

南充市南部県碑林村寓跡山

碑院大仏
開漢楼
 紀元前204年、漢の将紀信が捨て身であるじを救い出し、榮陽(河南省にある県)を危機から救った。あるじである劉邦は紀元前1202年に即位した。翌年将紀信の故郷先国県は、安漢県(順慶、高坪、嘉陵、西光等の地)として置かれ、彼の功績をたたえた。そして隋の開星18年(598年)安漢県はさらに、南充県と名を改めることになった。そして今日に至る。
 唐・宋のときには寺院も出来たが、戦争により破壊された。今新たに建てられた開漢楼は郊外西山の頂上にあり、南充の歴史の源であり、故郷に仕え人に尽くし、後世の人々の励みとなっている。
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EDITED BY SICHUAN TOURISM ADMINISTRATION BUREAU