全国重点文物保護部門に指定されている広元千仏崖は嘉陵江東岸に位置し、広元県から4,000m離れている。千仏崖の石像は南北朝の時に造られ始め、隋唐時期に最も多く造られ、その後も多くの建造物や石像が造られ、「歴代石刻芸術博物館」の呼び名が古くからあり、中国南方地区において仏教造像の規 模が大きく保存状態が良い石窟群の一つである。
石刻は南北200余りにも連なり、現存の仏窟は400個余り、石像は7,000体余りあり、敦煌の莫高窟と同じくらいの勢い(大きさ・規模)がある。元は千仏崖には2万体近くの石像があったが惜しくも1935年四川〜
西道路修復時に大半を失い、現在のようになったが、今なおその輝きを放っている。
広元市北郊
高さ42m、13階建て、まるで鳳凰が振り返って南を向いているようで、則天武后が郷土をなつかしんでいるというイメージをもって作られ、街のシンボルとなっている。
則天武后は中国唯一の女皇帝で、624年彼女が生まれる時、一羽の鳳凰が家の周りを一周し、東山の方へ飛んでいったそうで、当時役人だった彼女の父親がすぐに東山を鳳凰山と改めさせたといわれている。この楼の名はそこから由来している。
広元市区鳳凰公園内
覚苑寺は剣閣県西武連鎮に位置し、都市より43,000m離れ、前には西河を臨んでいる。覚苑寺は唐の貞観年間に建てられ始め、その時は弘済寺と呼ばれていたが、宋の元豊年間に覚苑寺という名に変わった。
覚苑寺は一本の線を軸に建物が建てられており、東西の建物が対になるように建っており、総建築面積は1,957m2である。
剣閣県武連鎮