三国文化の再現をテーマとする大型庭園である。三国時期の蜀漢では、劉備は劉璋を助け曹操に抵抗するという名義で蜀に入り、劉璋はこの山に来て出迎えた。劉璋と劉備は山の上で宴を張って酒を飲んでいた時、劉備は山の下の沃野の豊饒な情景を見て、「裕福だな。いまは楽しいな」と感嘆した。富楽山はこれによってつけられた名前である。
綿陽市東郊
蒋
(西暦?〜246年)、三国時期の蜀国の大臣で、字は公
といい、三国湘郷県出身で、官職は安陽亭侯復加大司馬にまで昇進した。諸葛亮の死後、蒋
は蜀漢政権を支える者となり、蜀国に「文臣は蒋
があり、武将は姜維がある」と言われた。病死のあと西山に葬られ、墓は漢代の風格を保っている。
綿陽市西山
唐代の偉大な浪漫主義詩人・李白を記念して建てられた。その規模は大きく、素朴な造りであるが、主な建物として太白堂、帰来閣、醉仙楼、会館などが建ち並ぶ。園林も建物と混ざり合うような落ち着いた雰囲気で、国内外から観光客に深い印象を与える。詩が雄大で豪放であるため「詩聖」と崇められた李白のことがよく分かるこの記念館は四川北部の観光パスポートとなっている。
江油市内