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錦里は昔から西蜀歴史上最も古く、最も商売往来の多い街道の一つである。成都“錦里”古文街は200年末正式にオープンし、古い町並、邸宅、貴族や官僚の屋敷、住居、旅館、商店、万年台などが軒を連ね、青瓦がところどころにちりばめられ、青石板が延々と連なり、人々に時を忘れさせるような錯覚におちいらせる。
この古文街は武侯祠東側にある古い町並で、全長350m、清末民国初めの四川古鎮建築の風格を採用し、及び武侯祠博物館の清代建築風格ととけあい、互いに建物が生き生きとしている。ここでは四川の民俗習慣など体験でき、四川民間芸能を鑑賞することもできる。
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成都市北部の文殊院街にある、完全に保存されている仏教の寺院で、四川省と成都市の仏教協会は境内に設けている。文殊院は唐代に建立されたもので、原名は「信陽寺」といい、清の康煕三十六年文殊院に改名された。文殊院は南向きで、天王殿、鐘楼、鼓楼、大雄宝殿、説法堂、蔵経楼などがあり、総面積は2万余平方メートル。
文殊院の収蔵物は非常に豊富で、中国の有名な歴史学者郭沫若はかつて「西天文物萃斯楼」の詩句で、文殊院は仏教文物が集中しているところであるとたたえた。
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五代十国時期の蜀の皇帝・王建の墓苑である。中国の重点文化財で、またの名を王建墓と称される。成都市老西門外の三洞橋の北にある。長い間、漢代の司馬相如または諸葛孔明が琴を撫でる所と誤っていることから、撫琴台とも称された。1942年の発掘後、ようやく歴史上に永陵と称される五代十国時期の蜀の皇帝・王建の墓苑であることが分かった。
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